厦門(アモイ)REPORT

 

1915年の地図

以下は2006年12月27日〜29日まで3日間、旅行したときの記録です。

元々は「建築」写真中心にしたかったのですが、建築については興味があるだけで全くの素人なので

他にも心に響いたことをカメラに収めたので全部で100枚くらい撮ったのですがそのうちいくつかをご紹介します。

1・「中国」を旅行することについて。私と中国

  こちらのサイトで上海を取り上げていますが、その時が1999年12月。いつか絶対もう一度上海か中国のどこかを旅行すると心に決めてから7年もたってしまいました。その理由としては他に日本国内に行きたい(調査必要)場所があったことが大きな理由のひとつです。現在は日本国内で行きたい(調査?)したいところは函館を除いてはほかにない状態です。(函館は1993年以来行っていないのでそろそろ再調査できれば、とは思っていますが)

新聞やテレビを通じて伝えられる「中国」は決して明るい面ばかりではないことも、夫をはじめ周囲の理解を得られず、なかなか実行に踏み切れなかった大きな原因です。特に2005年春には上海で反日運動が起こっており、旅行社も私の意見をまともに聞いてくれず、パンフレットすらくれませんでした。もちろんそんな旅行社だけではありませんでしたが。

今回帰ってきてからも「中国が好き」(実際は好きというよりはすごく興味を持っている)とか「中国へ一人旅」と言うと理解できない、といった顔をされたりします。

私はわずか2泊3日の旅にすぎないのでえらそうなことはいえないのですが、日本が好きだとうれしそうに話してくれた若いガイドの方(ある意味日本人より日本語を話すのが上手で感心しました。プロなので当然といえば当然かもしれませんけど)やコロンス島でのいくつかの小さな買い物でやりとりできた、心がふれあったように感じたうれしさは本当に「また来たい」と思わせるものがありました。自分の子どもと年の近い子どもを見ると心が動いてしまいました。もちろん日本人観光客をお金儲けの対象としか見ていない中国人のお店もありましたが。コロンス島の人たちは素朴で親切な方がほとんどだったように思います。私の計画ではこの5年パスポートの期限が切れるまでに中国のあと2,3都市は旅行するつもりです。たとえ周囲の人の理解を得られなくとも。日本にはもう失われてしまったものがまだ残っている。その失われてしまった大切なものは自分の記憶の中の奥底にはごくわずかしかなく両親の世代の記憶に残っているものかもしれない・・そして確かに過去の日本にはあったもの。そんな風に思います。

2・日程と反省。

 コロンス島を丸一日かけて回りたかったです。中国は一人では初めてだったので両替で手間取ってしまいました。けちらずにもっとたくさん「元」を持っておくべきでした。コロンス島へ行けたのは初日の夕方と最終日の午前だけでしたので。(二日目に客家土楼の見学をオプションで入れたので)あと一日は必要でした。

当初の目標は「全調査 東アジア近代の都市と建築」に出ていた建築を全部見て撮影するつもりだったのですが、全くといっていいほど目標は達成できませんでした。建物が見つかっても木の陰に隠れていたり。本とか絵葉書などの買い物はうまくできたのですが。また自分は主婦なので活気のある市場とか見るのが結構楽しかったです。あと、島の小学校の子どもたちが本当にかわいかった。制服やくつとか。テレビで出ていたみたいにマフラーみたいなスカーフをしてる子を何人か見かけました。一番おかしかったのは帰りのフェリーの中で、自分はカメラとウェストポーチをしていたのでコートのお腹が異様に膨らんでいたので、妊婦さんが仲間だと思ってか隣に来たことです。主婦か学生の気分だったので案外そんなふうに見えたかも。このフェリーの往復は5分くらいだったので上海バンドの浦東との往復を思い出しました。

よかったのは時間ギリギリで日光岩のてっぺんまで登ったことと書店でおもしろそうな本を見つけて購入したことです。

二日目に「土楼」ツアーに行けたことは往復のドライブ時間は長かったですが貴重な体験でした。

3・Photograph・・切り取った風景

フェリーを降りてしばらくは観光地のムードが漂っているが、やがてこの島の商業的空間に入る。つまり、マクドナルドがあって高校生くらいの子達がたむろしてたり(日本と同じ)市場があったり観光客相手のお土産やさんが並んでいて活気のある場所だ。お土産やさんは貝がらやコロンス島のお菓子(試食させてもらったが失礼だけどおいしくなかった)やお茶のお店が多い。お店の女の子は気取ってなくて素朴で皆親切。一見怖そうに見えるおじさんも親切に応対してくれた。女の子よりおじさんのほうがたくさんまけてくれる。

ゆるい上り坂を登ったりして歩いていくのが楽しい。

鼓浪嶼(コロンス島)の建物 (データあり)つまり本や絵葉書で紹介されているような建物です。

金瓜楼

黄■□堂

福建路28号

八卦楼

三一堂

馬鞍式的四落大■

元日本領事館

鼓浪嶼(コロンス島)の路地と街角BEST10

コロンス島を歩き回った中で趣のある街角の風景10枚です。BESTといえるかどうかわかりませんが印象に残りました。写真をクリックしてみてください。

路地1

路地2

坂1

坂2

坂3

廃墟のようなもの・・

市場の魚屋

フェリー着き場すぐの案内地図

遠景BEST5

日光岩頂上からの景色は観光地として有名です。渡し舟の港から見る古い洋館の立ち並ぶコロンス島、あるいは反対側にアモイ島の現代的なビルの風景との対比も興味深い。

アモイ島側から見たコロンス島

日光岩頂上より1

日光岩頂上より2

アモイ島側を見る

コロンス島側を見る


ショウ(さんずいに章と書きます)州市平和県の土楼(どろう)見学ツアー

(日本では県の中に市がありますが中国では市のほうが大きい)

アモイ島から車で2時間くらいかなり飛ばしてもそれくらいはかかると思います。 タクシーだけでなく全体的にこちらの運転は皆さん荒いのでよくぶつからないなあ、とひやひやしながら思います。 しかも歩行者は日本みたいにきっちり信号を守らない。気楽といえば気楽ですが。 田舎道をアヒルの親子の列がのんびり通り過ぎて行き、のどかな風景でした。 あと気づいたのはアモイ市からこちらショウ州市に向かうにつれ赤土やレンガ建築の家が多かった。 そして黒い野犬が多く見られた。写真を見るには

         

参考資料

コロンス島の書店には3冊くらいおもしろそうな本があった。結局1冊だけ買った本。本は値切れなかった。

あと日光岩を上る途中の売店に売っていた絵葉書セット4種類あったが中身チェックさせてもらってそのうち2セット購入。ここの観光地は長崎グラバー園にそっくりなイメージでした!

アモイ島側のフェリー乗り場にたくさん売っていたコロンス島の建築MAP。これには2枚コイン付ポストカードがついている。

島の売店でも売っていた。 

↓私の買ったコロンス島グッズ(右下のはコロンス島内の建物や風景の写真のトランプ。緑のとで2種類販売している)

  ←MAPセット。コインつきのポストカードが2枚入っている。

<日本の資料>

・週刊中国悠遊紀行 (小学館2005年発行)

・全調査 東アジア近代の都市と建築


参考サイト

アモイやコロンス島についての基本情報は下記のサイトを参照してください。


日本地図 | 上海バンド | 青島 | 大連 | 天津 |  中国都市・日本位置関係図

                        

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